母が入所しました

この1年、矢のように時間だけが過ぎました。

実は、昨年母が介護4になりました。
2014年介護2となる前の思えば2007年には、既に母の認知症が少しづつ表れていたのだと思います。
姉夫婦が両親の最後の貯えを全て搾取して(義兄は銀行員の為、父や母の口座を預かっていた。しかも、別銀行の預金解約時には、現金を受け取りに来ていた。両親合わせて気づいただけで総額1,500万円。)実家や母の携帯電話番号の着信拒否にした頃がそのころで、私に母よりまめに連絡が来るようになったころでもあります。
病院を1ヶ月半の間に5件も移動(病院と喧嘩して)した頃(2009年)より、母の世話を始めて早8年。
父他界の2013年より毎日食事と薬を届け、精神科・内科・外科へ通院をするようになって早4年。

介護4の為か今年の年明け早々にケアマネより特養の申し込みを勧められ、気が進まないながら申し込みをすると、先日すんなり入所が決まり既に入所して1週間。
400人待ちと言われていたところでしたが、果たしてこれで良かったのか・・
毎日通ったところで、一緒に住まわれて介護されている方から比べれば、たとえ周囲から大変だと驚かれても私のそれは大変なうちには入らないし、「介護」と思ったこともありませんでした。

それよりも、父から半殺しに遭う前の母は、少なくとも少し身勝手でも正義感の強い、情の熱い世間知らずのおっちょこちょいのお嬢さんでした。
それが、「彼ら」と同じ振る舞いや言動をするに至り、かつての愛すべきおきゃんなお嬢さんは、影も形も無くなってしまった。
夫は、もともとそういう素養があったのだと言います。
今、母は入所してわずか1週間で、誰がここにつれてきたのか、既に覚えておりません。

2007年、姉夫婦に見捨てられただろう母から連絡がきたとき、母が入退院を繰り返すようになった時、やっと私の出番だと思いました。
認知症の兆候が現れた時、やっと父に壊されていた母が、戻ってきてくれたんだと思いました。たぶん、私はそれだけ「母」を求めていたのでしょう。

脳トレや塗り絵や読書やチョコレート、水分補給、認知症に良いと言われる生活習慣を身に付けさせようと努力して、精神科の主治医に、毎月の診察の際には日々の記録レポートを提出して助言を頂いたりしながら、認知症の進行を少しでも食い止めようとしましたが、それでも昨年介護度数が2から4へ進み、一時へこんでおりました。

きっと、周囲の方々が言うように、私や母は運がいいのでしょう。
何年も待つようになる特養に、申し込み後すぐ入所できたのですから。
私達夫婦も、この4年が文字通り矢のように過ぎたので、これから今後の事もよく考えていきたいと思います。

ここ1年、せっかくコメントを書いて頂いていたのに、皆様にお返事が書けなくてごめんなさい。
もう少ししましたら、1年ぶりのお返事を書かせてくださいね。

昨日から、豊田議員の暴言・暴行がマスコミを賑わせておりますね。
姉を思い出しました。
はっきり言って、姉の方が凄まじかったです。(他人のそれを聞くのは驚きましたが)
耳をふさいだ私の耳元で、私が部屋の隅にうずくまって追いやるまで、怒鳴り続けたのですから。
客観的に見ても、やはり姉はおかしかったんですね。
電話口で姉に歌を歌われて邪魔をされた時、相手の友人達は、よく私を見捨てなかったと思います。もっとも、当時の私はその異常性を理解していませんでしたが。

大変だ。とか、不幸だ。とか、思ったらそれまで。
人間は、もし何も考えられなくなった時、目の前にあるものを粛々とただこなし続けるしかない。

幸・不幸を決めるのは、私自身です。私しか決めることのできないことです。

それが、「彼ら」に勝手に「aiは不幸」「お前は何をやらせても駄目」「お前は生まれるはずの無かった人間」「お前はこれからもできそこないのまま」と決めつけられ繰り返し日常言われ続けた事で、得た真実です。

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「彼ら」の記憶障害

「彼ら」にかかわっていくと、まず最初に驚くのが「彼ら」と対峙する被害者との記憶の祖語だ。

「彼ら」の言葉を真に受ける、信じて行動する→
そうしてそれがもとで被害を被る。又は嘘だと判明する。→
その事実をもとに「彼ら」に苦情を言うなり修正を求めるなりする。→
「彼ら」はそのような事を言っていない。と言い張り、こちらの記憶違いか思い違いと言われる。→
何度か繰り返され、不審を抱いて第三者を立てて、「彼ら」にその事を追求しても、貴方が悪いと、第三者にもそう思われるように、大げさにため息をつき呆れたように第三者をも自分の共犯者に仕立てようとする。
間に入った第三者も、あまりに自信のありそうな「彼ら」の態度に、どちらに非があるか分からなくなる。
この時、間に入った第三者が、「彼ら」のようなタイプを知らずに、今まで平穏無事に生きてきた人間だと厄介だ。
悪気なく、「思い違いじゃないか、気にしすぎじゃないか、貴方にも悪いところがあったのでは?」との考えに誘導される。
何と言っても、「彼ら」のような「邪悪な人間」の存在を身近に感じた事もなく、感じたくもないのだから。
味方になってくれると信じていた第三者が、「彼ら」に同調して貴方の「敵」になる。
貴方は、信頼していた第三者までも、自分に非があるように言ってきたため、「やはり自分に非があったのだろうか?私は「彼ら」の言うように頭がおかしいのだろうか?」と絶望的になる。
その機を狙って、「彼ら」は貴方が信頼していた第三者の言葉を繰り返し、貴方が自分を守る意思を放棄するまで、追い詰める。
貴方は、自分自身を責め、周囲の人間達が、我慢を重ねて自分と付き合ってくれていたと思い、自分が生きていてはいけないものと思い、「彼ら」の奴隷と化すまで・・

当時の「私」を支えてくれたのは、祖父母との記憶と、可愛がってくれた叔父だった。
学校の道徳教育と、日本国憲法と、書物と絵だった。
長じて知り合った、私を好いてくれた友人達だった。
肉体的な暴力は、痛みを精神から切り離せば、骨折までなら、多少は我慢できた。
問題は、精神の暴力だ。それは、生きていく気力を奪う。
「彼ら」は、それに長けている。

だが、第三者から見て「真実」に思えるほどの「彼ら」の記憶のねつ造は、何故なのだろう。
本人がそう思い込んでいるとしか思えない。
だが、別な部分では、それが違う事を、知っている。
この矛盾した現象は何故なのだろう。
昨年、別な人物で、それを目の当たりにして、その異様な現象に、夫と顔を見合わせた。
最近、そういった人物がニュースにもなって巷を賑わせている。だからか、その答えの一つと思われる記事を見つけた。

1.ストレス記憶障害

加齢や事故ではなく、私たちの身近にあるストレスによっても記憶障害になる場合があるそうだ。
これは、そのまま放っておくと起こりうる危険であり、ストレスを受けるとそうなるということではない。
通常、ストレスを受けると、不眠になったり、円形脱毛症になったり、ついには「鬱病」になったりする。
そのまま放置し、過度なストレスにかかり続けることで、下記のような現象が起きるそうだ。

1.脳が嫌だった記憶を消そうとする。
2.ストレスは、脳内の「海馬」を委縮させてしまう。

メカニズムの1 無意識に脳が記憶を消そうと働く。
あまりにも耐えがたい・受け入れがたい経験は、脳が記憶から切り離そうとしてしまい、結果として記憶障害の症状が出ると考えられているそうだ。

メカニズムの2 ホルモンが、記憶をつかさどる脳の器官を委縮させる。
強いストレスが加わると、「コルチゾール」(別名ストレスホルモン)が分泌される。
これは、本来なら人間にとって必要なものだが、大量に分泌されると「海馬」を委縮させてしまう。
「海馬」は脳内で短期記憶を主に司っている。これが、ストレスホルモンの影響で縮んでしまうと、記憶障害の症状が出ると考えられるそうだ。

これは、「彼ら」のスケープゴードにされた人間が、ついにはなる現象だと思う。

実は、私にも覚えがあるからだ。
私は、自慢じゃないが、周囲から記憶力が良いと(人によっては、それが怖いと)言われる方だ。
だが、このブログを書き始めるきっかけとなった「M」に、「酷い暴言」を吐かれた時、体が痺れて座ったまま立ち上がる事もできない程の衝撃を受けながら、その直後から、その内容を全く覚えていない。
覚えているのは「こんな事あるはずがない。」との思いと、「私の聞き違いじゃないか?」との自己否定になる思いだけだった。
何度も思い出そうとしたが、未だに思い出せない。
逆にそれが、私の恐怖になった。
姉や父や時々の母に言われた事も、ここに書いたように断片的にしか覚えていないが、それでも他人の「M」に言われたショックよりは、日々言われていたせいか免疫があったのか、そこまでの衝撃を受けなかった。
昨年、仕事上で「彼ら」と思われる人間にかかわった。
その際の暴言は、記録できたし、覚えてもいる。
少しは、免疫がついたということか、とも思うが、本来なら知らない方がいいことだ。

「彼ら」も、そもそも私達と同じ「人間」だったはずだ。

私達が自分の精神を守り自分が生きていく為に、「彼ら」の悪行の記憶を消すように、「彼ら」は本来の自分を証明する為の記憶(ストレスにしかならない)を消したのかもしれない。
そうして、私達は消してしまった記憶の替りを作ることなくいるものを、「彼ら」の場合は理想の自分を証明する為の記憶に作り上げてしまったのだと思う。

その繰り返しが、「彼ら」の脳そのものを破壊し続けたのかもしれない。

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盗まれる記憶

彼らは気に入ったシュチエーションや感動的な話、会話をそっくりそのまま覚えていて、さも自分が経験したか考えたか言ったかのように話す。
その場合、こういう考え方の人間は、こういう場合こう答える、という一貫性がある。
それに当てはまるか、確認して欲しい。

彼らには一貫性がない。
また以前こう言ったというと、まず忘れている。
こちらが言った事を、自分の言葉のように話されると、滑稽を通り越して唖然としてしまう。
往々にして「彼ら」はそれをやる。
人間は、必ず同じ行動パターンと言動がある。
一見感動的で神秘的な話や行動は、魅力的に見えるかもしれない。
だが、少し経つとわかるはずだ。そのバラバラの言動に。

だが、関係性が深まって~それらが判明したりするため、被害者は、他ならぬ「彼ら」の為につじつまを合わせ、自分自身も欺く。
それが、「彼ら」を増長させ、全能感を持たせ、貴方は自分自身の人生を売り渡してしまう。

貴方の記憶は、貴方だけのもの。
貴方の記憶は、貴方だけの歴史。
貴方という人間を形作った、貴方と他者を区別することのできる、貴方のアイデンティティ。

「彼ら」に、決して渡してはならない。

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