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人間失格―自己愛性人格障害

先日、最後に会ったMの様子が何かに似ている(感情反応が全く無く、死に掛けた人の生命維持装置が一本になったような様子)気がして、思い出して本を手に取った。
太宰治の「人間失格」
中学の時、推薦図書になっていて感想文を書くため、やむなく読んだものだが、後味の悪さが残った事は記憶している。(また、大学が国文だったため、近代文学で何故か読むはめになった。)

その後味の悪さは、幼少期の主人公が人間への最後の求愛のために「道化」をし、演技をしていたのが、自分と重なったからだ。当時、たとえ重なろうが最後の「廃人」のようにはなるまいと、自分の意思を出さないとこのようになってしまうのでは、との怯えもあった。また、そうしないとこのようになってしまう、という「戒め」として読んだ覚えがある。
ただ、この本を読むと誰もが自分のことを言っているのでは?との読後感をもつ事が多いとのことは知らずにいた。
ちなみに、主人公がえらく美男子で、次々と女性と心中事件や女性にたかったりを繰り返すので、何故罪にならないのか、何故それでも受け入れる人間や庇う人間がいるのか、不自然を感じるとともに、罪悪感を感じつつ自分だけのルールで次々と女性を捨てる主人公に憎しみに似た感情を持った事は否めない。自分の中だけで納得して、他者との対面での話あいも持てずに、いきなりいなくなる、転がり込むをくりかえす無責任さ。相手の人生を台無しにしても、自分は苦しいのだからとあくまで正当化。これは文学だから、フィクションだから、との言い訳は通らないと思った。

久しぶりに覚悟しつつ読み進めると、どう考えても主人公自身が悪い。自業自得だ。またまるで境界性人格障害と自己愛性人格障害が併用している気がする・・いや、これは太宰の自伝的小説ともいわれ、なんといっても「走れメロス」のようなファンタジーな友情ものを書いた偉大な?作家だ・・

で、ネットで調べてみると、太宰治は「境界性人格障害と自己愛性人格障害の併用及び神経症+薬物依存」との明記があちこちで見られた。あらら
三島幸夫も「自己愛性人格障害」だそうだ・・
まぁ、お2人とも最後はかたや心中、かたや割腹自殺だったし。
三島は立てこもる前に、剣道4段の昇段試験を小山の剣道連盟で受けて取得した。
東京で落ちたので、地方なら受かるかと思って、小山にきたそうだ。その当時の剣道連盟は、三島を合格させてことにより、思い上がらせ、あの事件を引き起こさせたのではと責任を感じ、後悔したと同じく剣道2段の夫から聞いた。

たとえ、人格障害であろうと、太宰にしろ、三島にしろ日本の文学として貢献するだけの能力もあった。こんな風に、「彼ら」が世間に貢献し歴史に名を残すこともできるのだ。(もっとも、周囲の人間にとってはたまったものではないが)
もっとも、徳川家康や織田信長、太宰治や三島幸夫のような人間は「稀有」な例で、おおかた「近づいてはいけない最悪の人間」が「彼ら」だと思う。
(家康や信長は、過酷な幼少期を過ごしたことで、自己愛性人格障害になっても不思議のない環境にあったが、幸いにしてわずかな自己愛的な部分を残したのみで、人格障害にはならなかった。家康の戦に大敗した際の自分の惨めな画をわざわざ描かせて、今後の戒めとしたことは有名な話である。)

ちなみにMに似ている(父にも似ているが)と思ったのは、「人間失格」の最後にある、「廃人」同様に主人公がなり、「ただ一切は過ぎていきます」のくだりの主人公の様子と重なった。もっとも「人間失格」では、最後にマダムの言葉「葉ちゃんは神様みたいにいい子でしたよ。」で正当化している、ように思えた。これを読んで、純粋さや不器用さ傷つきやすさに感動して泣く読者も多い。
「人間失格」は思春期の人間に、生き辛さ、純粋さ、不条理さを教え、共感を持ち好きな読者は多い。だが私は、自分ルールに身勝手で他人を傷つけて自分を正当化する、それでも自分を最後まで庇う人間に思えてならない。
ただ、私自身は、人間の醜悪・醜怪な部分をこの時期知る必要があった事は認めるが、読後感はひたすら救いがなく、マダムの言葉に「正当化」のいやらしさを感じて、気にはなるけどよくはなかった。
太宰自身はもっと勤勉で創作活動は活発な作家だった。きっと、彼の負の部分を大きく写し、最後の現実の心中では、主人公の出来なかった事(主人公は「生も死もない」ただ生きているだけだから、究極の不幸だろう)をやってみて、誤って死んでしまったように思える。

太宰の場合、星新一のように、ショートショートの話。情景をきりとった話か、ブラックユーモア的な話が個人的にはあっていたように思う。

余談・・・玉川上水で心中した相手は、山崎富栄。事実高貴な生まれでドラマティックな一生を過ごし、その日記をもとに「斜陽」が書かれた。(※失礼しました。日記は太宰の子を身ごもった太田静子でした。)
何度も定期的に心中事件を起こしていた太宰本人は、勿論死ぬつもりはなく、入水した際、もがいて這い上がり逃げようとしたのを、本気で一緒に死ぬつもりだった富栄に引きずり込まれて死亡した、というのが真相だそうだ。
太宰26歳の時、芥川賞の候補に挙がったが、惜しくも次席になったのは、川端康成の「太宰は文才はあるが徳(人徳)がない」の一言で落選したといわれる。

太宰は山崎富栄を、三島は一緒に立てこもった他の3人を、道連れにしている。
何故、「彼ら」は様々な理由をつけて一人では死なず、赤の他人を道連れにするのだろう。今度、この救いのない「人間失格」を最後に再生への道を追加して映画化するそうだ。
小説は、自己の内面をさらけ出す作業だが、「人間失格」は太宰がうすうす感じて他の作品にも表れていたように(例えば「ヴィヨンの妻」とか)絶対的に救いのない形で終わらせたほうがよいと思う。主人公の友人が「世間が許さないよ」と言ったように。
何をしても、傷つきやすい可哀想な人間だから、皆も怒っていないから、貴方が再生の道を歩むことが「救い」になるから・・で、日本人の倫理観を変えないで欲しい・・
(太宰や三島に騙されて(注)一緒に亡くなられた方々のように、ヘタに傾倒させないためにも。 注・・太宰や三島は騙したとは思っていない。ただ、うすうす彼らが語った理想論ではなく、単に自分ひとりで死ぬのが嫌だからの理由だということは無意識に感じていたと思う。単に自分も含めて、その理想論が真実だと思い込んでいただけのように思える。もっとも、私生活はともかくとしても、立派な作品を残したことは評価すべきだと思う。)

※「自己愛性人格障害一考察」記事 「ドラマな日々サイトマップ」はこちらへ

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コメント

香菜子と言います。野島伸治さんのドラマの人間失格を見ました。ドラマのほうの人間失格も、自己愛性人格障害と思われるような人物が何人か出てきて非常識で傲慢高飛車な言動や犯罪行為を繰り返していましたが、わたしはそんな自己愛性人格障害者たちを放置した森田先生という教師が一番の人間失格だと感じました。ドラマの人間失格を見て、太宰治さんの人間失格も読んでみようと思うようになりました。香菜子

投稿: 香菜子 | 2016年8月 8日 (月) 12時30分

香菜子様

aiです。
お返事が遅くなってごめんなさい!もう見ていないかもしれませんが・・

そのドラマは見ていませんが、学生時代に「人間失格」を読んで、とてもいやな気持になった強烈な印象を受け、二度と読みたいとは思いませんでした。読みたくなくても講習で読んだ経験はありますが。
後年、再読した際に、なぜそれほど拒否反応があったのか改めて気づかされた気がします。
それが、この記事に書いたことです。

多分、私の場合家族と離れそれらを客観視できるほどに大人にならなければ、飲み込まれていたかもしれません。
正直言って、何故この本を多くの人間が「悩める青春の1ページ」のような「美しい危うさ」のように惹かれるかが、未だに解りません。
主人公が大地主でお金持ちだったからこそ、どんな状況でも生きていられるだけで、普通なら何の罪もない赤の他人の人生喰らいつくしてただで済むはずないですから。しかも最後の最後まで、結果的に主人公を庇って「救い」を残してる。
太宰ファンには申し訳ないですが、(決して私は彼の文学を嫌いなわけではなく、好きなものもあります)これに関しては文学者としては、自己投影自己保身のために、太宰自身自分を切り捨てられなかったのだと思います。
そして彼自身気づいてないようですが、「ここまでさらけ出して自分を痛めつけ贖罪しているんだよ」と公にすることで周囲から許しを得て「だから自分は今のままでいいんだ」と免罪符にしているような「いやらしさ」を感じます。
それらが「太宰には徳がない」(でしたか?)と言われて芥川賞を逃した一因でもあるような気がします。
いっそのこと、無いなら無いで、潔く徹すればよかったものを、と。
文学はある意味ファンタジーでもありますが、彼の「人間失格」は、決してファンタジーであってはいけなかったのですから。

また、遊びに来てください。

ai

投稿: ai | 2016年12月 7日 (水) 11時22分

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