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虐待者は何故虐待するか?

「虐待者の世代間連鎖」- 良く言われる事だ。
私自身も既に小学生の頃から、周囲の言うその言葉を恐れた。
2才の頃には、姉にも父にも殴られていたし、特に父は1発がハンマーのように感じて首から頭がもげそうな位に身体ごと吹っ飛んだ。
狭い家の中たんすにぶち当たって下に落ちた時の衝撃。
そのまま何度意識を失ったか。
蛙のように無様な格好で、次に目を覚ました時に自分で自分が分からないのではないかと、その恐怖と闘った。だが意識を失う。
母もその頃、私と姉を平手で吹っ飛ばした。
姉はまだ体が大きいが、私はまだ小さかったので1発目の次に2発目で意識を失う。いかに2発目がくるまで、いざって逃げて体力を温存するか、それが生死の分かれ道のように当時は思えた。
「子供は犬と同じで、こうしないと覚えない。」と母は良く言っていた。鬼のように思えた。

「aiは生まれるはずが無かったんだよ。医者に止められたあらゆる運動をやったのに、とうとうお前は流れなかったんだ。」と笑顔で母に言われた時、当時私は5才だった。
泣きそうになったが、既に、この世にあるあらゆることには意味があり、突き詰めれば良かった事を知らせる為に悪い事柄があることが多い、と学んでいた。
いや、私の一つの思考ゲームだった。
すぐに、「命を守る唯一の人間(母親)がそうしても生まれてきた私は、とてつもない幸運を持って生まれたのかもしれない。」そう思ったし、今でもそう思っている。
母は口のきき方が悪い。また、結婚して数年もたたずに、もう限界だったのあろうと思う。

自分で立ったり歩ったりできなかった頃、母によく首を絞められた。
この世界はまだ薄暗く、父や姉と思われる獣のようなものは、動きがとても速く黒い影のようにしか見えず、ぎゃあぎゃあ獣(当時は危険な生き物 との認識。勿論、そんな言葉は知らない。)のように早口で喚き、騒音をたて私を叩いた。
この世界はとても危険なところだと感じ、もといた安全な場所に戻りたかったが、戻り方が分からず、絶望した。(何と表わしたらよいか、語彙を知らなかったので、おびえて泣くしかできなかったが)
それでも、この世界にとどまる事を選んだのは、母がいたからだった。
そしてなんといってもみずみずしく甘い空気。

赤ん坊は1才半位まで角膜がまだ完成していないので、物が見えずらいそうだ。
母親の産道を潜った記憶など、世に覚えている子供が多いのだから、その頃を私が覚えていても不思議はない。

唯一薄暗い世界で私に近くはっきりと笑顔(安心感を感じた表情)がわかるのが、母だった。
その母が、ある日 怖い表情(無表情の怖い)で私の首を絞めた。
何度も、何度も、多分十数回。
そのうち、私は泣かなくなった。母と同じ無表情になった。やっと母は私の首を絞めるのを止めてくれた。
唯一安心できると頼っていた人間が、時折危険なものになる事を知った瞬間だった。
この記憶は、忘れてはいけない記憶として、幼い頃から何度も記憶の再生をし続けた。
時々、本当にあった事か、疑った事もあるが、生まれる前の記憶や、同じ頃にやはり記憶のある人間の記録を見て、やはり事実だったと思う。

「虐待を受けた人間は自分の子供を虐待する。」誰が言い出したのだろう。生まれた時から十字架を背負わせ、お前も同じ獣になって不幸になるんだと、周囲の大人たちが「偉い先生」と一緒に言い続ける。

「絶対、私はそうならない。万が一、一度でも手をあげたら、自分の腕を切り落とした方がましだ。」

最近になって、やっとそれを否定する事例を知った。インターネットのお陰だ。
下記の2点だ。

http://soejima.to/boards/wforum.cgi?room=experiments&no=187&reno=no&oya=187&mode=msgview
『平成13年10月5日 福 祉 局
「児童虐待の実態」(白書)を発行しました
=全国で初めて児童相談所の事例分析により実態を解明=

本白書は、単にデータを機械的に分析するだけでなく、都内11か所の児童相談所の全事例について、児童票等にあたり、事例に関与した職員の聞き取り等も行うなど、実際の処遇現場の感覚や判断を踏まえて分析に努めた、全国で初めてのものです。

 これまで言われてきた「虐待の世代間連鎖」「望まれずに出生した子は虐待を受けやすい」「女性の社会進出が児童虐待に結びつく」などは、必ずしも妥当しないなど新たな実態が分かりました。

◇ 生育歴で決定的な要因は見当たらない。被虐待体験のある者は約1割。

 虐待者の生育歴については、「特になし」と「不明」で全体の約7割を占め、生育歴として決定的な要因は見当たりません。明らかなものの中では「ひとり親家庭」が10.0%、「被虐待体験」が9.1%、「両親不和」が7.6%となっています。

◇ 「虐待者の世代間連鎖」など生育歴による虐待要因に強い関連性はみられず、複合的な要因で虐待は引き起こされる 「虐待の世代間連鎖」を含めて、生育歴だけに焦点を当てて虐待の要因を把握しようとしても十分な説明ができません。「経済的困難」「夫婦不和」「孤立」など家庭の状況と親の精神状況等が複雑に絡み合って虐待にまで至っています。』(「児童虐待の実態」抜粋 引用)

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/gyakutai/index.files/hakusho2.pdf
『児童虐待の実態Ⅱ 平成17年12月

P42
(4) 虐待者の生育歴
虐待者の生育歴の中で虐待に結びつきそうな状況について、事実が明らかになったものとしては、「被虐待経験」9.5%、「ひとり親家庭」9.3%、次いで「両親不和」5.8%となっています。前回調査では「被虐待体験」9.1%、「ひとり親家庭」10.0%、「両親不和」7.6%であり、同様の傾向となっています。特別な状況が認められなかった「特になし」は14.7%でした。

虐待者の心身の状況を見ると、「性格の偏り」22.3%、「人格障害またはその疑い」11.7%、
「精神病またはその疑い」10.1%、「神経症またはその疑い」7.0%等、精神的な要因を背景に抱えている場合も少なくありません。』(「児童虐待の実態Ⅱ 平成17年12月」抜粋 引用)(計51.1%)

東京都福祉保険局  http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/ 掲載

つまり、被虐待児が子供を虐待した割合は、9.1%(H13)9.5%(H17)1割も満たず 「虐待者の世代間連鎖」など生育歴による虐待要因に強い関連性はみられず、複合的な要因で虐待は引き起こされる。虐待の世代間連鎖」を含めて生育歴だけに焦点を当てて虐待の要因を把握しようとしても十分な説明ができません。「経済的困難」「夫婦不和」「孤立」など家庭の状況と親の精神状況等が複雑に絡み合って虐待にまで至っています。
そうして、虐待者の心身の状況では、「精神的な要因を背景に抱えている場合」が実に51.1%。
半数以上が、人格障害や性格の隔たり等精神的要因であれば、確かに納得がいく。

幼い可愛い女の子の身体が宙に舞って吹っ飛ぶ程、継続して毎日殴れるのは、もしかしたら身ごもっているかも知れない妻の腹を弾みをつけて繰り返しけり上げながら笑えるのは、そうでなければ理解できない。
多分うまく人格障害を隠蔽することもできた人間をいれれば、もっと多いと思う。
そして、虐待者は非難されるのを恐れて、「自分も虐待されて育ったからだ。(泣)」と言うと、それを真に受けた精神科医が喧伝する。

被虐待児の施設で20年以上世話をしている女性、市の施設で被虐待児や発達障害児童のフォローをしていた女性も、被虐待児はいずれ虐待する可能性が高いと信じて世話をしている。
仕事関係で薄うす私自身が虐待された経験を持つ事を知っている男性には、「aiさんは子供がいないからじゃないですか?子供がいたら分からないですよ。」と言われた。
3人に、9.1%との結果が出てますよ。と言うと、女性は「データではそう言っているけど、虐待するお母さんに聞くと、自分も虐待されたから、と言う。」と返ってくる。
男性は頭の良い方なので、数値を出すと、「その1割の人間が表面化しているのかもしれないが、分からない。」と言っていた。

いずれにせよ、「2次被害」が怖い。女性は子供を産む事を躊躇し、本来なら、虐待する9割の親たちよりずっとうまく育てられるだろうに。
たった1割にも満たない「虐待者の世代間連鎖」すべてと喧伝され、「彼ら」の思惑通り、終生十字架を背負わされていたわけだ。
例えば、貧困は「知的貧困」を誘発する。それこそが、「世代間連鎖と言われる1割」の原因でもあるのではないだろうか。

難しい問題だが、正しい知識と正しい判断と経験が必要だと思う。表に出ず、救われず擦り切れ壊れて死んでいく子供たちのためにも。

※母が私に手を挙げたり、ひどい言葉を投げつけたのは、既にその時には時々壊れていたのだと思う。父と一緒にいない母は、その点においてはマトモだ。また、母が手を上げたのは、私が2歳〜3歳の頃だけだと思う。

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コメント

1952年生まれの64歳です。
僕自身も実母から暴言、叩かれる虐待を中学入学前まで受けていました。僕は先天性奇形の鎖肛という、お尻に肛門が無い奇形の高位型(重度)で生まれてきたからです。一昔前ですから、姑、親戚から母に対する攻め、まして田舎ですから近所の目もある世間ていもありました。
でも、中学入学直前にある日、ある別の内容で口論になりその時に今まで虐待されていたことが僕の口から、つい本音が爆発しました。そして、お互い気持ちが分かり合え心を許すことが出来ました。

現在は、虐待防止活動、障害者差別、偏見をなくす活動をしています。

投稿: (ター坊)清水 辰馬 | 2016年4月27日 (水) 05時41分

(ター坊)清水 辰馬様

コメント有難うございます。
aiです。
私などが言えることでもないですが、お身体の事、おつらかったと思います。
ご本人の責でもないことで、本来であれば一番守って理解してくれるはずの家族が、そうでないのは本人にしかわからない痛みです。
それでも、「お互い気持ちが分かり合え心を許すことが出来ました。」と、わずか中学入学前に許すことができたというのは、なかなかできないことだと思います。
私自身、当時自分の置かれている立場を、きちんと理解していませんでした。
生まれた時からの環境や、周囲に作られていた自分自身というものとの不自然さを、はっきり理解していなかったと思います。
幼いころからの環境の中での自分の立ち位置は、幼いながらも達観していた部分はありましたが。
人間の弱さを知っても、それでも許してはいけない事もある。
私は、自分と同じような境遇の子供たちに、そこから這い出して、生き抜く力を与えたいと思っています。

現在、様々な活動をしてらっしゃるとのこと。
清水さんも頑張ってください。

ai

投稿: ai | 2016年4月30日 (土) 19時13分

aiさん有難うございます。
僕の頃は時代的にも社会資源すら無い時代、母から叩かれても、すべて自分で堪えなければならない。でも、唯一の救いは祖父です。田舎で農家でしたから、祖父母は別宅でした。僕の住んでる家からも少し離れていました。でも必死の思いで祖父母の家に駆け込み万一の時は助けていただきました。それでもなければ、多分、頭が変になってます。今から3~4年前に診察時にわかったのですが前頭葉が萎縮しています。
虐待は許せませんが、意図的にしている、そうでないのと2とおりがあります。後者は、やむをえなく何らか事情(僕の時と同じ)があるので一方的に攻めることは出来ません。

これからも障害者に対しての偏見差別をなくす活動、虐待防止活動にも一段と力を注いでいく所存です。

少し話しは変わりますが最近テレビでも話題になっていますが、私たちも昨年(平成27年)の12月から「子ども食堂いかるが」の活動団体にも加わらせていただいています。
子どもの貧困、ネグレクトにも関連しているからです。
また、これを機会に今後ともよろしくお願い致します。

投稿: 清水辰馬(ター坊) | 2016年5月 4日 (水) 15時43分

清水辰馬(ター坊)様

コメント有難うございます。aiです。
GWはいかがでしたか?今は安全なところにいるのですから、お互い何も考えずにゆっくり休める幸せを満喫しましょう。

私は、物心ついたころから、母に「家の中の事は決して言わないように。言ったら、施設に行かなければならない。施設は、ろくに食べられず毎日殴られて暮らす刑務所のようなところだ。」と言われました。正直、家でも毎日殴られてましたし、ろくに食べさせてもらえなかったし、どちらが酷いか判断できませんでしたが、従いました。

>唯一の救いは祖父です。

私の救いも、母実家に年に2回(盆と正月)行く時だけが、「呼吸ができた」時でした。文字通り、窒息しそうでしたから。
結局のところ、家族からの虐待は、許してしまうんですよね。

こども食堂の話、TVで見た時、私が幼少期食べられず、ご近所のお使いをしてお菓子を頂いたり、食べさせてもらった事を思い出しました。
実際、活動されている清水さんは、ご立派だと思います。私には、夢がありますが、理想を思い自分の寿命がきてしまうのも困りますから、清水さんのようにできるところから始められたら良いと思いました。

コメント有難うございました。
今後とも、こちらこそ宜しくお願いします。
また、遊びに来てください。

ai

投稿: ai | 2016年5月 7日 (土) 10時38分

同じような体験されてきたのですね。
aiさんのお気持ちよくわかります。
なにかありましたらメールなどでいつでもおっしゃてくださいね。
aiさんのブログ毎日覗かせて頂きます。
僕のブログには「地域で一緒に支え合う会」を4年前に立ち上げて活動しています。
そのチラシにはメールアドレス、連絡先を書かせていただいています。
http://ameblo.jp/kakinomi113113/entry-11321833491.htmlのご覧いただけます。

GWはどこも遊びに行けませんでした。
4月の13日から20日過ぎまでお腹の体調を悪くして入院でした。退院してからは体も回復に向かっています。仕事がたくさん溜まっていて少しずつ片付けています。
また、妻は3年以上前に亡くしています。癌の末期でした。
ですから、家事も息子一人(同居)で分担してこなしています。
友達付き合いは近くにおらず、だいたい一人で家で過ごしています。
 今後ともこれを機会によろしくお願い致します。

投稿: 清水 辰馬 | 2016年5月 9日 (月) 05時12分

清水辰馬(ター坊)様

コメント有難うございます。aiです。
ここ数か月、個人的にばたばたしておりました。
遅くなってごめんなさい。
機会がありましたら、お話ししたいと思います。
いろいろ活動されたらっしゃるんですね。
正直、私の力不足を痛感する毎日です。
スタート地点が違っても、それでも諦めなければ、それでも心にとどめておければ、いつかはやり遂げることができる。そう信じて今があります。
ただ、あとは、私の寿命と環境ですね。
粛々と進めていくしか無さそうです。
とりとめのない話ですみません。
また、遊びに来てください。

ai

投稿: ai | 2016年8月 6日 (土) 15時43分

ありがとうございます。
今から7年ほど前に僕の不自由な体を持って生まれてからの生い立ちをのすべてを手記を綴りました。
その手記のひとつで「不自由な体に生まれたけど母に有難う」今日があるのは母への感謝をこめた気持ちの詩と「障害との闘い不自由な体に生まれた我が身」祖父母へ健常な体になったことを見せれず、また知らずに他界してしまった無念な気持ちの詩の二つを書きました。この誌も含めて、すべてテレビで公開していただきました。新聞でも報道していただきました。

これを機会に今後ともよろしくお願い致します。

投稿: 清水辰馬 | 2016年9月29日 (木) 17時31分

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