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2015年4月

淘汰

先日ドライブに行った際、ふと窓の外を見ると渡り鳥が隊列を組んで飛んでいた。
「一番強い鳥が先頭を飛ぶんだ。羽ばたく気流に邪魔にならないように斜めに隊列を組むだろ。そうして渡り切れた強い鳥だけ生き残る。それが自然淘汰なんだ。」

自然淘汰とは「ある生物に生じた変化が、生物の置かれた環境下で有利となるなら、その変化は残る」ことをいう。
生物のうち、外界に適応するものは栄え、そうでないものは滅びるということ。

夫が言う。「昔は、おかしな奴には必ず周囲で気が付く奴がいて「あいつには近づかない方がいい」と警戒し、そういう奴は結婚して子孫を残す、ということが無かった。それが、人間の「自然淘汰」だった。
だが、今は「皆平等にするべき。弱者救済。」の主張がまかり通っているから、おかしな奴に近づかれても周囲が忠告しなかったり、おかしな奴だと気付かなかったりして、そういう奴は結婚を繰り返し子孫を残す事が多くなった。
可哀そうだけど、本来はそういうおかしな奴が淘汰されるはずだったんだ。
まともな奴は、隣にたまたま座った奴が予測無くいきなり刺してくるとは思わない。
倒れている人がいたら、つい手を差し伸べたくなる。差し出した瞬間に撃たれるとは思わない。
女も、相手が結婚してから豹変して子供だけ産ませられたあげく、そのおかしな遺伝子を残していくことになるとは、夢にも思っていなかっただろう。」

夫の言う「おかしな遺伝子」は、必ずしも「彼ら」の特性には当てはまらない。
ただ、同じ環境下で、「彼ら」になるべく育てられても、そうなる人間とそうならない人間がいるのは、やはり「甘えやすい性質」と「立ち止まって考えられる性質」の差のせいかもしれない。
それでは、遺伝的性質はいかんともしがたいか?というと、例えそうであっても、やはり後は本人の責任だろう。
周囲に誰もいず、物を盗める環境下にあった場合、ではその性質の違いで盗んだ場合、遺伝的性質だから「犯罪を犯しても仕方ない」と許されるわけではないのだから。
そして、「彼ら」の子供は、遺伝的に問題はないと、私は思う。

もっとも、夫の言う「昔と違っておかしな奴が増えた。」というのは、一理あるかもしれない、と思った話だった。

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