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2015年10月

猫の居場所

最近、家に猫が来ている。
右足の後ろがひどく禿げた状態で、やせ細ってよたよたしていた白猫だ。
母がショートに行っている間、米の消費が減ったので、その分雀にお弁当の残りや米をあげていた。
数羽来ていたのが、またたく間にピーク時には朝から騒いで30羽程くるようになっていた。
このところ米の収穫時期には、激減したがそれでも朝・昼・夕と食べに来ていた。
烏も狙って来ていたので、烏用にお弁当の残りをやっていたところ、件の白猫が今にも倒れんばかりに硬くなったご飯の残りを食べようとしていた。
右足の後ろがひどく禿げて、タールでもかけられたような状態の上、せっかくの白の毛並みが汚れきってガリガリでヨタヨタしていた。
首輪もないので、野良猫だと思った。

情けない事に、その猫を見て、自分の2歳の頃を思い出した。
満足に食べさせてもらってなかった私は、幸い家に鍵がかかっていなかったので、近所の家10軒程に遊びに行って、文字通り食べさせてもらっていた。
愛想がよかったので、声をかけられたり遊んでもらったりお手伝いした時にもらうお菓子。
ある日、数日おきにいった家のおじさんが、私のいる前で、庭先にきた野良犬に石つぶてを投げて追い払った。
「餌をもらうと癖がつく。こうして来ないように分からせないといけないんだ。」犬は、泣きながら出て行って、その後は見ることはなかった。
自分の事を言われている気がした。
それから、1週間おきではなく10日おき位の感覚で、家々を回るようにした。

食べないと死んでしまう事くらいは(死ぬ事を理解していなくても)分かっていたので、3才で幼稚園に上がり昼の食事を頂くまで。
犬を追い払ったおじさんは、10日ぶりに来た私を心配して、とても歓迎してくれた。
叔母が、当時何かの話の中で、「口減らし」の話をした事がある。母はそれをしているのだろうかと、疑った事がある。
当時、私はまだ2歳だった。幼稚園にあがり、定期的に食事(昼)ができるようになるまで、今思っても良く生き延びたと思う。
回っていた家々からは、ほとんどが菓子だったが、1軒だけきちんとした食事を食べさせてくれたところがあった。
そこは、お姑さんが愚痴が多く、毎日お嫁さんを悪くいって、それを毎回否定しながら慰めた。
結果的に、お嫁さんお姑さんと二人の食事は気づまりなのか、私と一緒の3人での昼ごはんを頻繁に食べた。
その家には、4歳~5歳の間に、一番多くいったと思う。

お姑さんのいない間は、お嫁さんの泣きながらの悩み事を聞き続けた。
お嫁さんは若く、どちらかと言うと健康美人系で、小学生低学年の子供が二人いた。
比較的羽振りのいい家だった為か、玉の輿と言われていたお嫁さんだった。
旦那さんは経営者で、大して仕事らしい仕事をしなくても、生活のできる人だった。
ある時、お嫁さんに「パパが悪い女の人につかまっているから、aiちゃん、助けに行ってほしいの。」と言われた。
幼い私は「悪い女の人」=「魔女」と思っていたので、「aiが食べられたりしないかな・・」と不安そうにいうと「aiちゃんなら大丈夫よ。可愛いから食べたりしないわ。」そういって、4歳の私の足でもずいぶん長い間一緒に歩いて、ある一軒の平屋の木造の家の近くについた。
家から離れたところで、お嫁さんは怖いくらい堅い表情で、私の両腕をつかんで「あの家にいるから、aiちゃんパパを連れて来て。必ず連れて帰って。」そう言って、私を送りだした。

恐る恐る家の戸を叩く。
何度かの呼びかけの後に、とても綺麗な女の人が出てきて、私を見てはっとしたように、中の男の人を呼んだ。
正直、それほど綺麗な女性を見たのは生まれて初めてだった。
ただ、魔女ではなく人間の女性だった事で、初めてお嫁さんに騙された事に気付いた。
その後、1年半程時々迎えに行った何十回もの間、最初のころはその女性は私が何度違うと言って自分の名前を言っても、お嫁さんの旦那さんの子供だと疑い続けた。
旦那さんを家に連れ帰って、騙したお嫁さんには怒りも感じたが、たぶんに自分の子供には迎えに行かせたくなく、実家にも私の母のように言えず、かといって姑には言えるはずもなかったのだろうと、理解した。
こういう時には男に殴られるだろうと家の両親で知っていた私は、心配になって連れて帰った翌朝お嫁さんの家に見に行くと、案の定片方の目に青あざをつくって泣きはらした顔のお嫁さんがいた。
その日また旦那さんを迎えに行って帰りがけ、旦那さんには、床屋の井戸端会議によく行くおしゃべりな母の事をあげ、「おばちゃんが顔を痛くしてるから、ママにお薬をもらうんだ」と、暗に脅しておいた。
旦那さんは、飲み屋のママの愛人宅に入り浸っていたわけだ。
その後、私が6歳で小学校に上がるまで、ずっと迎えに行き続け、玄関先で1時間程待っても連れて帰れない事もあったが、少なくとも一飯の恩義と、昔の明るいお嫁さんに戻ってもらおうとした努力は、全く無駄にはならなかったと思う。
結局、お嫁さんは私が2年生に上がるころ、旦那さんを見限って子供を連れて出て行った。
4歳だった私は、当時「離婚したほうがいい」と言って、お嫁さんをぎょっとさせたようだが、今でもそれで良かったと思う。
まだ、4つのいたいけなしかも赤の他人の女の子が迎えに行ったのに、改心せずにその後も通い続けた男だ。
女の顔を、痣ができるまで殴った男だ。
女子供に手を挙げる男は、人間の屑だ。

当時、食べさせてくれたお嫁さんや、近所の人達。
自分の子供でもないわけだから、食べさせれば見返りは期待する部分もあったろうけど、菓子程度の親切でも、私には命の糧だった。

件の白猫にここ1ヶ月半程、毎日餌をやっていた。
ガリガリになって満足に食べていない野良のように、ありついた食事をがつがつ食べていたのが、今は食べ終わると満足したように寛いでいる。
やっと、やせ細った体も普通になって右足の怪我も治り、朝・昼・夕と来て、強かった警戒心もこの一週間でとけ、私の膝の上に乗るようになった。
2週間程前、隣のおじいちゃまに「あの猫はここの後ろの家の飼い猫だよ。」と聞いても、どうかな~?と思っていたが、今日昼ごはんを済ませた白猫がゆっくり後ろの家に入って行き、2階からその家の女性が声をかけていた。
ちょっと悲しくなった。

当時の私に食べさせてくれた家々の人も、同じように感じたかもしれない。

ただ、私は、今にも死にそうなほどやせ細ってフラフラしている猫を、見ていられなかっただけだ。

夫は、「他人の家の飼い猫に食わせてやることはない。ただろくに食べさせてないみたいだから1日2回だけ表に餌を置いて、他の猫に食われたらそれはそれでいい。」と言う。
表に餌を置いて、他の猫に食べられて白猫が食べられずにいたので、室内であげだした私にそういった。

その当時、私を可愛がってくれた他の家のお父さんの同じくらいの年の女の子に、「aiちゃん。私のお父さんをとらないで!!」と怒られ、他人の家族に懐いてはいけないんだと知った。

白猫は、きっと帰る家がある。

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