カテゴリー「小さな幸せ」の16件の記事

やっと休める・・

明日、先月末から動いていた案件の成果が入る・・
先月末、上首尾に行ったと思っていた件がNGになり、再度別な方法で翌日動いた。
それに今月は(日常業務以外の時間で)かかりきりになり、先日快諾頂き、明日、その成果が入る。
やっと休める・・crying 長かった・・先日友人からの電話に、「年明けから動きっぱなしでまだ落ち着いてないんだよね。」と言ったら「今何月だと思ってるの?!」 だって・・だって・・

よぉーしっ!これで、あのMにふざけた事をされて不要な苦労をさせられたことが、やっと取り返した!決算月は高笑いしてやる~と静かに心ひそかに思うこのごろ。

以前お世話した人達がお土産持って、今日遊びに来てくれた。
久々にお会いして、お元気そうで、頑張っていて嬉しかった。

私も頑張ろっ

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気分転換♪しようよ!

先々週、午後思い立ってドライブcarに行ってきた。
「湯滝」 温泉の湯が混じったまま滝を落としているので冬は湯気が立つ ので「湯滝」という。実は知らなかったcatface

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夫は物知り辞典のようなところがあるので、よくわからないことを聞く。

釣り人が滝の真ん中で釣っていた。

最近、仕事で忙しく自分の時間が無い。
なので、時々思い立っては出かけるようにしている。

贅沢はいらない。でも贅沢な時間は人生には必要だ。
夫と滝の前で涼みながら、他愛もないことを話しながら思った。

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これだから続けていられる

今日、数ヶ月研修していた生徒の卒業式だった。
午前中ビジネスパートナーの経営者にヘルプして、講演をしてもらい、久しぶりに近しく感じつつも起業時の話、今後の話をした。
感慨深いものがある・・
午後は卒業式。その終わりに、厳しいことも何度も言ったにもかかわらず、皆で思いもかけない花束と感謝の言葉。GWあけのささやかな食事会のお誘いを頂いた。
泣きそうになった・・

たぶん、これだからこの仕事を続けていられる。

あ、小鹿の目の彼女の件は、さきの経営者にも一蹴されたので、きっぱり考えるのをやめた。ただ、本人にちょっとだけその癖のことは忠告したので、わかってくれたかはわからないが、とりあえず・・毅然としよっ

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終の棲家

昨日、中日のためお墓参りに久しぶりの祖父母の墓へ行った。
母の生家は田舎の古い家で、先祖代々の墓の区画が田んぼの中にある。
このところちょっと仕事上悩んでいることがあって、祖父母に相談したかった。
道々母が「自分の墓をそのそばに入れてもらえるよう、頼んでみようと思う。」と、言い出した。以前、私が既に父とは戸籍上縁を切ったので、父の家の墓に入る必要はないから、自分で他に購入するか、いっそのこと母の生家(結構広い区画なので、十分入るスペースあるし)に入れてもらったら、と言っていたかららしい。
最初は離婚をしたことを内緒にしているので、無理、と言っていたが・・
「死んでから、見知らぬ人達の中だと誰が誰か迷ってしまうから、知っている人達の中にいるほうが安心だ。」ということらしい。(え~っと、死んだら同じだと思うけど・・死んだあとも隣近所付き合いできると思ってる?gawk

本家でお線香をあげながら、母が要望を叔父に伝えると、二つ返事で区画の外に(やはり嫁に母は出ているので)一画をいただくことになった。大体15坪位だ。
ちょうど梅の季節なので、3本の梅の木の下にこれから通路と墓所を用意する予定だ。その際、叔父がさりげなく「これで墓守を代々aiにやってもらうことになって良かった。confident」ボソッ
母「お前たちも代々これからここに入ればいいから。」
(えっ、いつの間に私たちの墓の場所も決まったの?隣に本家代々の墓があるってことは、これから本家の墓守もついでにやるようかしら・・家督相続するはずの次の当主夫婦はどーなってるんだ?!)

母と叔父はさすがに兄妹だけあって、ちゃっかり したものである。

まあ、梅の木の下だし、とりあえずは場所を頂いたし、「死んだら那須の山から骨を撒いてくれ」と言っていた夫も、その後見に来て喜んでくれたし、墓守位で場所を頂いたのはありがたいし、知らない人たちより皆血縁者だから安心だし、良し としよう。・・あれっ私も母と同じ?

とりあえず母の最期の場所も決まって、やっと少しだけ 肩の荷が下りた気がする。(ついでの私達の場所もきまってしまったが)さすがにまだ私も夫も自分の墓を買ったり場所を決める年でもなかったが、何かの時に無縁仏にならずにちょっとほっとした。昨年念のため遺言書を書いた際、祖父母の傍に埋めてほしいと 希望を入れたが、奇しくもその希望がひょうんなことから叶えられた。
生まれてから幼少期と、今回最期の時まで、要所要所で祖父母は助けてくれた。多分そういう 巡り合わせ なのだと思う。)

ちなみに本家は明治まで神社の神主をやっていたせいか、仏式ではなく神道だ。なので墓所に 梅の木 がある。
実家に行ったら 梅の木が満開だったので 撮影。
春って いいですね。

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新しい年です!

新年明けましておめでとうございます!
2010年新しい年です。

「虎は千里を駆ける―」というけど、今年は「彼ら」にとらわれず、自分と自分の大切な人たちだけの幸せの為にこの貴重な時間を使いたい・・ということで、元旦はS市の厄除け大師へ・・並んだ並んだ―
帰りの車の中から あまりにも 月が美しいので撮ってみました。
こうこうと照りかえる月が、昔は空気も澄んでいたし和歌に詠みたくなる風情も分かる気がしました。日本語の表現って 美しいですね。
2010010117430000 肉眼で見たときは本当に大きく見えたのだけど・・
満月に近い。月齢いくつかな?



今日は 加蘇山神社という由緒ある神社へ初詣に行ってきました。(夫推薦)
2010010215330000 人がいない・・山間のひっそりとたたずむ神社ですが、神主さんに気さくに話しかけられつつ、おみくじを引くと「吉」。
でも昨日の「末吉」より昇格したせいか、内容が良かったwink

昨年は、ある意味自分の弱い部分、仕事上でも気付かなければならなかった部分に気付かせてくれた意味では、Mの存在は私にとって良かったのかもしれない。
Mにあれ以上関わっていたら、それこそ公私共に悲惨な結果を生む原因になったと思う。
また事故に遭っただけと、その意味を考えなければやはり同じ事を繰り返す。
そういう意味では、昨年膿を出し切ったような気分。

年明け早々仕事で忙しくもなるので、明後日から頑張らなくちゃ。

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学ぶ時期はその時しかない

今日、母(先週退院)と買い物に行った。
なんと、年末ジャンボ宝くじを買いに。
あと10年くらいしか生きられないだろうから、と言って(それはともかく)初めての宝くじを母は買いに行く。
車を走らせながらの世間話で、(といっても最近は昔の話が多い)私達を大学に行かせてくれた時の話をした。
その時、父は私を進学させることを渋ったそうだ。
だが母がその時だけは「学べる時はその時しかない。」と強行に押し切ったそうだ。
どうりで・・進学していいと母から告げられたのは、受験の1年満たない前だった。
一応高校の方には「進学」で出していたが、勿論私自身本気にはしていなかったので、受験勉強なるものはほとんどやっていなかったし、そう聞いても半信半疑だった為、ようやく自宅で勉強なるものをやったのは11月だった。(翌3月受験)
幸い合格したが、ぎりぎりになったのは、母が進学資金の準備に苦労していたからだった。
学ぶ時期はその時しかない・・それは、様々なことにもいえることだ。
多分、今までのことは必要があって学ぶ時期だったのかもしれない。
来年早々、新規の大きな仕事が入って年間を通して忙しくなる。
今できる事をやろう、と思った。

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激しい秋雨の振る中、皆さんはどうしますか?

昨日、品川へ某大手メーカーの研修に行った。私の会社のビジネスパートナーなのでうちが客の立場。
夕方終了してパーティーには出ず帰ろうとビルの一階に降りると、なかなか激しい雨が降っていた。
何人か入り口でたむろしてタクシー呼ぼうかどうのと話しているわきで、傘を持っていない私は、小雨になるのを待つかこの雨の中走るかしゅうじゅんした。
準備よく傘を持参した人は次々と傘に体をすくめて出ていく。
駅まで歩って10分。雨宿りできそうもないビル群の間の広い道路。

皆さんはどうしますか?

コートは雨を弾くタイプ。信号が青になったタイミングを計って走った。
駅まで雨宿りはほとんどできず、髪やスーツはびしょ濡れ。
途中バスやタクシーが停まったが、無視して駅に着いた。
2階の会場へ戻ってタクシーを呼んでもらう、または傘を貸してもらう事も、皆の見ている前で経営者としての立場も頭をよぎったが、他人に面倒かけるのは嫌だし、時間がもったいない。

駅に着いてから、起業した時の事を思い出した。
以前いた会社の営業だった私は、当時の経営者ができると言った仕事をとったが、その実その会社では充分なサービスができない体制(つまり無資格だったり、知識もなく、できる外注先も知らなかった。)だった。
嘘をつきたくなく営業責任をとろうと、起業した。
他に道はないように思えた。ほとんど無一文に近い状態だった。
もう1つのビジネスパートナーは、起業時 人を出してくれたり看板の手配をしてくれたり、様々・・ある意味道を示してくれた。たった2回しか会ってないのに。
某大手メーカーは1回。
責任をとろうとした客先は、起業する前に 仮称としてうちの社名を出してチラシを配布し、私がいなくなった後にその仕事をやろうとした元の会社を断った。まだ起業する前だ。
銀行も信用して融資してくれた。今思うと凄い事だと思う。
もっとも少なからず彼らにもメリットはあるが、リスクのほうがはるかに高いように思った。

いまでもみなパートナーだが、当時何故助けてくれるのだろうと思ったが、私が雨でも飛び出してしまうから かもしれない。

例え 1人で寒くて凍えそうでも 歩き続ければ 必ず駅 に 着く。
他人は助けないのは当たり前だが、助けを求めなくても、一生懸命 諦めずに続ければ、必ず誰かが見ていてくれる。
私自身 ちょっと無謀なところもあるようだが、世の中は やっぱり 捨てたものじゃない。

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秋の贈り物

今朝の1本の電話でそのあとのやりとりから、午前中仕事にならなかった。

午後、母の見舞いに大学病院へ行く。
その大学病院の前には、長い銀杏並木がある。
金色一色に染まった並木を歩っていると、午前中のやりとりのやりきれない気持ちが、すっかり消えてしまった。
綺麗な銀杏の葉が絨毯のように敷き詰められていたので、あんまり綺麗でもったいないから母と私に頂いてきました。
2009111817280001自然はいいですね。世界は美しい。
私もげんきんなものです。
こんな他愛も無い事で嬉しくなってしまう。


病室に行くと、母があちこちの病院に出たり入ったりしていた最近より、ずっと落ち着いていた。病状が落ち着いたせいもあるかもしれないが、この病院は少し規則が緩やかなせいか、前回の医者に反省しているのか、たくさんの友人達が見舞いにきているせいか、父に会わないせいか、本来の母の明るくておおらかな気質が見えて、こちらも嬉しくなってしまった。

私にしても母にしても、「彼ら」のストレスから精神的に追い詰められたり、私の場合見えない身体の中に異変が起こって入院する。
「彼ら」と接触を断って、健康的な生活をしすっかり本来の自分を取り戻す。
多分に、母も父と2人きりの生活に周囲から父の事で責められ続けて、限度だったのかもしれない。
先週末大きな仕事も入ったし、母も病状もよく精神的に落ち着いて見えるので、幸せな気分になってしまった。

今朝は、実際あった事で注意喚起をしようと気を取り直しても、読むほうは愚痴にしか聞こえまい。読まれた方ごめんなさい。「元気をお届けします」というサブタイトルでした。

嬉しくなったら新しい企画を思いついた。早速実行してみよう。delicious

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10月最終日

月末最終日。乗り越えられた。月曜に後処理が残っているが、大丈夫だと思う。
毎月末は私のように小さな会社には、胃が痛い。
今日銀行の担当者と話しながら、社の建て直しがこれからまだまだあることを実感した。
思い返せば、私の腫瘍ができたのはMにあったころ(06,8)だった。会うたびにマイナス発言をされ、せめて紹介だから1年我慢しようと思っていた。
丁度1年前、Mと近しく関わるようになって、12cmの筋腫が3ヶ月(関わった期間)で18cmに巨大化し、3病院目の医者が執刀してくれた。
私の場合、表に出さない分、体に出る。
体も無事治ったし、今月無事乗り切れたし、Mとも会わずに済むし、決算も無事済んだし、何より現在までの社の継続実績は、あたかもMの功績のように繰り返し言われたが、現実私達のものであることが再確認できてすっきりしたし、今晩はゆっくり休もう。confident

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勝負月

個人的な愚痴に近いので、スルーしてもかまいません。

私は会社を経営している。最初はたった一人で6年前必死に起業した。
それは子供の頃から母の並大抵ではない苦労を、ずっと見てきたからだ。
自分の母の事ながら、そのバイタリティには目を見張るものがあった。
資金的には準備不足だったが、経験では一つの会社をつくるスタッフの業種だけ経験を積んだ。幼い頃から、母に叱咤され続けた私の欠点、気が弱く人が良すぎるのは今でもネックになっている。
それでも、諦めたくはない。自分の想いは。

正直、昨年からの不況のあおりを受け、吹けば飛ぶような私の小さな会社は今厳しい状態だ。(もっともだからこそ、Mに会社の助けになってもらっていたと、当時思い込んでいた私は、恩を返さなくては、Mの苦境を助けなければと思い、Mの為に無償で顧客を紹介したりもろもろの事にも動いてしまった。何のために顧問料を払っていたのか・・そして侮辱されても、一時的に荒んでいるだけだろうと許そうと自分を抑えてしまった。)
会社の現状は私自身が手術入院したこともあり、私自身の判断の結果だ。
そんな状態を予測していながら、Mの為に都合半年も集中力を欠き、振り回され、生産力が格段に落ちた。但し、この一件が無ければ気付かなかったままだったかもしれない家族の事にも思い至り、今後の自分の家族の為にも役立つ事ができる。
人を舐めてくれたMや「彼ら」の為に自分の貴重な時間を使ってあげる親切は無用だ。
子供の頃からのモットーは「転んでもただでは起きるな」「人事を尽くして天命を待つ」だった。

人それぞれ、向き不向きもあり、人の気持ちの強さ弱さもある。
時にはうずくまるほど弱ったり、他人に怒りをぶつけたくなる時もあるだろう。
「宿命」は変えられないが「運命」はその人次第だと思う。
どんな人生でもその人の人生だ。そしてたった一度の人生だ。

今日、商談の一つが上首尾に終わった。明日大事な件も多分にうまくいくと思う。

祖父が幼い頃から繰り返し私に言った言葉。
「どんなことがあっても生き延びろ。生き残る事が先決だ。」(普通4才の子に言うだろうか?祖父母は気付いていたのかもしれない。私の家の事を)
この言葉が起業2年目の支えになった。もう一度初心に返ろう。起業以来私を信じてくれている人たちの為にも。時に助けてくれた人のためにも。
今月の残り、必死に頑張ってみようと思う。何も無いところから始めた。赤の他人に邪魔される云われもないし、邪魔させるつもりは毛頭無い。この経験は無駄にはすまい。

自己愛性人格障害―この言葉でこのサイトに来た方。
「彼ら」が何者で、自分の中で納得し整理が付いたら、早く「彼ら」の事は「きれいさっぱり!」一日でも早く忘れてください。たとえ被害は甚大でも、これ以上思い出さず、貴方の人生の時間を大切にして下さい。「彼ら」は貴方にした事も、貴方がしてあげた事も「きれいさっぱり!」記憶から抹消しています。多分。(元伴侶の方は別ですが、してあげた事は忘れてます)報復・ストーキングする「彼ら」の場合は、身近な人か公的機関に相談して対処後、とにかく自分の生活優先でいてください。この殺伐とした世の中、自分と自分の大切な家族が生き延びる事の方が先決です。(自分にも言ってるのですが)ただ精神的にずいぶん「勉強させてもらいました」人生いろいろあるものです。

さっき、夫と喧嘩をしてしまった。家に帰ったら謝ろう。
多分Mがやたら近づいてきたのは(羨望したのは)、夫と私の絆だったのかもしれない、とやっと気付いた。

よし!頑張るぞ!

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